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東京地方裁判所 平成3年(ワ)17279号 判決 1993年2月16日

甲乙事件原告

破産者晋行機工株式会社

破産管財人

山田基幸

右常置代理人弁護士

前川渡

甲乙事件被告

三井信託銀行株式会社

右代表者代表取締役

川崎誠一

右支配人

武山喜一郎

右訴訟代理人弁護士

樋口俊二

鶴田岬

高野康彦

甲事件被告

安田信託銀行株式会社

右代表者代表取締役

立川雅美

右訴訟代理人弁護士

工藤舜達

甲事件被告

中瀬古功

右訴訟代理人弁護士

土屋東一

小串静夫

右訴訟復代理人弁護士

味岡良行

主文

一  被告三井信託銀行株式会社(以下「被告三井信託」という。)は、原告に対し、次の各登記の破産法による否認の登記手続をせよ。

1  別紙第一目録記載六ないし八の土地につき、東京法務局新宿出張所昭和六一年六月二七日受付第二六六〇〇号の各根抵当権設定登記

2  同目録記載九の建物につき、同法務局同出張所昭和六一年七月二六日受付第三一七六〇号の根抵当権設定登記

二  被告三井信託は、原告に対し、別紙第二目録記載二の特許権につき、特許庁昭和六一年八月七日受付第〇〇二〇七二号の質権設定登録の破産法による否認の登録手続をせよ。

三  債権者を株式会社第一勧業銀行、債務者兼所有者を原告とする東京地方裁判所平成二年(ケ)第一〇二一号不動産競売事件につき、同三年一二月二日作成された配当表のうち、被告三井信託の債権額六億一三一一万八六六一円に対し金一七九〇万七〇九五円の配当額を定めた部分を取り消す。

四  被告安田信託銀行株式会社(以下「被告安田信託」という。)は、原告に対し、次の各登記の破産法による否認の登記手続をせよ。

1  別紙第一目録記載一ないし四の土地及び同目録記載五の建物につき、仙台法務局白石出張所昭和六一年八月一一日受付第六二九七ないし六三〇一号の各根抵当権設定仮登記

2  同目録記載六ないし八の土地につき、東京法務局新宿出張所昭和六一年六月二七日受付第二六六〇一号の各根抵当権設定登記

3  同目録記載九の建物につき、同法務局同出張所昭和六一年七月二六日受付第三一七五八号の根抵当権設定登記

4  右建物につき、同法務局同出張所昭和六一年七月二六日受付第三一七五九号の根抵当権設定登記

五  被告中瀬古功(以下「被告中瀬古」という。)は、原告に対し、次の各登記の破産法による否認の登記手続をせよ。

1  別紙第一目録記載六ないし八の土地につき、東京法務局新宿出張所昭和六一年八月一日受付第三二九八七ないし三二九八九号の各根抵当権設定仮登記

2  右各土地につき、同法務局同出張所昭和六一年八月四日受付第三三三〇一号の各根抵当権設定登記

3  同目録記載九の建物につき、同法務局同出張所昭和六一年八月一六日受付第三五三六二号の根抵当権設定登記

六  被告中瀬古は、原告に対し、次の各登録の破産法による否認の登録手続をせよ。

1  別紙第二目録記載一ないし三の特許権につき、特許庁昭和六一年八月四日受付第〇〇二〇四一号の各根質権設定登録

2  同目録記載四の実用新案権につき、特許庁昭和六一年八月四日受付第〇〇一一一九号の根質権設定登録

七  原告の被告三井信託に対するその余の請求を棄却する。

八  訴訟費用は、原告に生じた費用の一〇分の九を被告らの負担とし、原告に生じたその余の費用と被告三井信託に生じた費用の八分の一を原告の負担とし、被告三井信託に生じたその余の費用並びに被告安田信託及び被告中瀬古に生じた費用は、それぞれ右被告ら各自の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一被告三井信託関係

次の請求の外、主文第一ないし第三項と同旨。

被告三井信託は、原告に対し、別紙第一目録記載一ないし四の土地及び同目録記載五の建物につき、仙台法務局白石出張所昭和六一年六月四日受付第四五一一号の各根抵当権設定登記の破産法による否認の登記手続をせよ。

二被告安田信託関係

主文第四項と同旨。

三被告中瀬古関係

主文第五項及び第六項と同旨。

第二事案の概要

一訴訟物

本件は、破産者晋行機工株式会社(以下「破産者」という。)の破産管財人である原告が、破産者所有の不動産、特許権及び実用新案権に担保権を設定した被告らに対し、その担保権設定の原因行為又は対抗要件充足行為につき否認権を行使し、各登記、登録について、否認の登記、登録手続を求め(甲事件)、また、既に競売により売却された物件(別紙第一目録記載一〇及び一一の土地建物)について作成された配当表のうち、被告三井信託に対する配当部分について、担保権設定の原因行為につき否認権を行使して、配当異議の訴えを提起した(乙事件)事案である。

なお、原告主張の否認権行使の根拠は、主文第一項1、第三項の担保権については故意否認(破産法七二条一号)、同第四項1の担保権については危機否認(同法七二条四号)、同第一項2、第五項及び第六項の担保権については故意否認又は危機否認、同第二項の担保権については故意否認又は対抗要件の否認(同法七四条)、同第四項2の担保権については故意否認又は対抗要件の故意否認(同法七二条一号)、同第四項3の担保権については危機否認又は対抗要件の故意否認、同第四項4の担保権については故意否認、危機否認又は対抗要件の故意否認であり、前記第一の一摘示の担保権については故意否認又は対抗要件の故意否認である。

二当事者間に争いのない事実等

1  破産者は、昭和四八年四月搬送機械器具の製造販売及び賃貸を目的として設立された。破産者は、その主要な取扱製品である建設用搬送設備については優秀な技術を有しており、特に同五二年から同五四年にかけて代表取締役社長柴田耕平(以下「柴田社長」という。)によって開発された新型の搬送機「トレーリフター」は業界で高い評価を受け、それによって破産者はいわゆるベンチャービジネスとして脚光を浴びるようになった(被告三井信託、同中瀬古の関係につき<書証番号略>)。

2  しかし、表面上の華やかさとは裏腹に破産者の財政状態及び収益力は同五七年当時既に極端に悪化しており、経常利益は約五億円の赤字であった。しかるに、破産者はその技術力が内外で高く評価されたこと、海外からの大型商談の引き合いがあったこと等から、売上げの大幅な伸びを期待して同五七年ころから同六一年にかけて年々拡大政策を採ってきた。殊に海外への進出に力を注ぎ、同五六年には海外営業部を設置し、国内営業部に匹敵する人員を配置して活発な営業活動を展開した(被告安田信託、同中瀬古の関係につき<書証番号略>)。

3  このような拡大政策、活発な営業活動にもかかわらず、商談はあまりまとまらず売上高は期待されたほどは伸びなかった。破産者はこのような営業不振、費用増加による資金不足を銀行からの借入れとともに、架空資産のリースバック、融通手形の振出し等により賄ってきた。この資金調達のため、破産者は業績を過大に仮装する必要があり、少なくとも同五七年以降は各事業年度毎に架空売上げ、架空資産の計上による多額の粉飾決算を行い、同六一年七月期(第一四期)にはその累積額は四八億円に達した。

また、以上の粉飾決算に伴う多額の法人税等の支払及び借入金の増加に伴う支払利息の増大等により破産者の財政状態はますます悪化していった。

(被告安田信託、同中瀬古の関係につき<書証番号略>)

4  このような状況のもとで、破産者は同五八年ころから株式会社海洋建設研究所(以下「海洋建設」という。)との取引を開始した。海洋建設の開発した消波ブロックの海外での反響の大きさにその将来性を期待した破産者は、消波ブロックの全量の製作請負契約を締結し、また海洋建設の借入れに際し債務保証を引き受けたり、双方の必要性から資金調達のために融通手形を発行し合う等同社との関係を深めていった(<書証番号略>)。

5  ところが、海洋建設が同六一年六月二五日二回目の不渡りを出し、同月三〇日取引停止処分を受けて倒産したために、破産者が所持(一部割引き)していた融通手形約四億円が不渡りになった。このため、各金融機関の破産者に対する信用不安が一挙に高まり資金調達が不可能な状況になった。かかる状況の中で当面の資金不足問題を解決するため、破産者は金融上の支援を千代田化工建設株式会社と株式会社太陽神戸銀行(当時)に対して求めたが成功せず、同年八月五日第一回の手形不渡りを出した(<書証番号略>)。

破産者はその後引き続いて同月一五日に二回目の不渡りを出して取引停止処分を受け、事実上倒産した(被告中瀬古の関係につき<書証番号略>)。

6  破産者は同年九月二四日東京地方裁判所に破産の申立てをし、同年一〇月三日破産宣告を受け、原告が破産管財人に選任された(被告三井信託の関係につき<書証番号略>)。

7  破産者は、別紙第一目録記載の各土地建物(ただし、同目録記載一〇、一一の土地建物【以下「板橋物件」という。】は平成三年一一月一日競売により売却されるまでの間)を所有し、別紙第二目録記載の各特許権、実用新案権を所有している。

8  (被告三井信託関係)

(一) 被告三井信託は、破産者との間で、昭和六一年六月四日ころ別紙第一目録記載六ないし八の土地(以下「目白土地」という。)及び板橋物件につき、それぞれ根抵当権設定契約を締結し、また、同月三〇日別紙第二目録記載二の特許権につき、質権設定契約を締結した。

(二) 板橋物件について、被告三井信託を権利者とする東京法務局板橋出張所同年六月四日受付第二一九七一号の各根抵当権設定登記が経由された。

また、主文第一、第二項及び前記第一の一記載の、被告三井信託を権利者とする各担保権設定の登記、登録が存在している。

(三) 板橋物件は、株式会社第一勧業銀行の申立てにより東京地方裁判所において競売開始決定され(平成二年(ケ)第一〇二一号)、競売により売却された。

(四) 東京地方裁判所は、平成三年一二月二日の右競売事件の配当期日に、次の内容の配当表を作成した。

配当に充てるべき金額 三八七一万円

執行費用 八〇万二九〇五円

執行費用を除き配当に充てるべき金額 三七九〇万七〇九五円

被告三井信託の請求金額 六億一三一一万八六六一円

被告三井信託への配当額 一七九〇万七〇九五円

原告は、右配当期日に右配当表のうち、被告三井信託の請求金額及びこれに対する配当額に全額異議の申出をした。

9  (被告安田信託関係)

(一) 被告安田信託は、主文第四項1記載の各根抵当権設定仮登記の存在を認め、右各仮登記の否認の登記手続請求に係る以下の請求原因事実を明らかに争わないので、これを自白したものとみなす。

すなわち、被告安田信託は、同六一年八月四日破産者との間で、別紙第一目録記載一ないし四の土地及び同目録記載五の建物(以下「蔵王物件」という。)につき、根抵当権設定契約を締結した。右は破産者の支払停止前三〇日である同年七月六日後にされた担保の供与に関する行為であり、破産者にとってその内容、方法及び時期のいずれにおいても義務に属さないものである。したがって、破産法七二条四号の否認原因がある。

(二) 主文第四項2ないし4記載の、被告安田信託を権利者とする各根抵当権設定登記が存在している。

10  (被告中瀬古関係)

主文第五、六項記載の、被告中瀬古を権利者とする各担保権設定の登記、登録が存在している。

三争点

1  破産者は、被告らとの間の各担保権設定契約の当時、破産債権者を害することを知っていたか。

2  (被告三井信託関係)

(一) 被告三井信託は他の破産債権者を害すべき事実について善意であったか。

(二) 蔵王物件について、根抵当権設定契約の時期はいつか。

(三) 別紙第一目録記載九の建物(以下「目白建物」という。)について、根抵当権設定契約の時期はいつか。

(四) 蔵王物件について、対抗要件の故意否認に基づく請求の当否。

3  (被告安田信託関係)

(一) 蔵王物件を除く各物件について、根抵当権設定契約の時期はいつか。

(二) 被告安田信託は他の破産債権者を害すべき事実について善意であったか。

(三) 目白建物について、危機否認に基づく請求の当否。

(四) 主文第四項3記載の根抵当権設定登記について、否認の登記手続と引換えに一億五〇〇〇万円の返還を求める被告安田信託の主張(予備的抗弁)の当否。

4  (被告中瀬古関係)

(一) 各不動産、特許権及び実用新案権について、根抵当権又は根質権設定契約の時期はいつか。

(二) 被告中瀬古は他の破産債権者を害すべき事実について善意であったか。

第三争点に対する判断

一争点1について

1  証拠(証人眞井武、同中村明博)によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 昭和六一年五月三一日海洋建設は一回目の手形不渡りを出した。前示第二の二4に認定のとおり、破産者と海洋建設は相互に融通手形を振り出し合う等密接な取引関係にあったため、破産者としては右の不渡り事故を極めて深刻に受け止めた。そこで、破産者の柴田社長と財務・経理担当取締役の中村明博(以下「中村」という。)は同年六月二日及び三日の両日被告三井信託、同安田信託を含む取引先銀行を回って海洋建設の不渡りの破産者に及ぼす影響について説明をした。

右の説明に当たって、柴田社長らは今までどおり銀行が融資を継続してくれること及び海洋建設振出しの融通手形の買戻しを猶予してくれることの二点を要請した。そして、客観的な資料として経常利益、決算の見通しを示した書類を示して各銀行の協力を求めた。しかし、右の書類は粉飾した数字を基礎にするものであり、経常利益の見通しは実態と異なり黒字となっていた。

(二) 破産者は、(一)の要請により海洋建設振出しの手形の買戻しが猶予されたため、六月初めの段階での連鎖倒産という事態は免れた。しかし、この時点で即時手形の買戻しを要求されていたら、破産者は倒産することは確実な状況にあった。

(三) 前記海洋建設の不渡り発生後、各銀行は従来どおりの融資の実行を見合わせたため、破産者の資金繰りは極めて困難になった。破産者は六月中旬ころ住友商事株式会社(以下「住友商事」という。)に支援を求めたが、六月末の段階では返答がなく、中村はいったんは倒産を覚悟したほどであった。この危機は主力銀行であった株式会社富士銀行(以下「富士銀行」という。)から二億円の特別融資を受けることでなんとか切り抜けたものの、七月に入り住友商事の支援の話がつぶれてからは、銀行からの融資は期待できなくなった。そこで、破産者は、株式会社三井銀行(当時、以下「三井銀行」という。)の新橋支店長眞井武(以下「眞井」という。)から被告中瀬古を紹介してもらい、被告中瀬古から七〇〇〇万円の融資を受けて、七月末に支払期日の来る手形の決済資金を捻出した。中村は被告中瀬古から今後も追加融資をする用意があると聞いていたので、何とか危機を乗り切れたと安心していたところ、同年八月四日被告中瀬古が追加融資を打ち切ったため、破産者は同月五日決済の手形資金を用意できず、同日一回目の不渡りを出した。

2 以上認定の事実によれば、破産者は昭和六一年六月初めの段階で銀行に虚偽の事実を報告しなければ融資を受けられない状態にあり、各銀行が破産者の真実の経理の内容を知ったとしたら、直ちに割引手形の買戻しを請求したであろうし、仮にそうなれば破産者は倒産したであろうと推測できる。そうだとすれば、既に右の時点で破産者は危殆状況にあり、そのことは中村はもちろん柴田社長も認識していたものと認められる。

したがって、危殆状況にあることを認識しながら特定の債権者である被告らに担保権を設定した破産者は、破産債権者を害することを知っていたものと認めることができる。

なお、被告三井信託は同年六月三〇日破産者に対し三億円の手形貸付を実行したと主張するが、これは昭和五九年一二月二七日実行の貸付けをその弁済期である同六〇年一二月三一日更に一年継続したもので、三か月ごとに利息徴収のため手形を書き換えていたものにすぎず、この時期に新たに貸付けを決定したものではない(<書証番号略>証人中村)。したがって、被告三井信託の右主張は採用できない。

二争点2(一)について

1  証拠(別に掲げるものの外、<書証番号略>、証人軽森賢一、同中村明博)によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 被告三井信託は、昭和六〇年ころから破産者所有の物件について担保権設定の努力をしていたところ、同六一年四月にベンチャー企業である大日産業が倒産するという事件が起きて以来、同じベンチャー企業である破産者に対しても警戒心を抱くようになっていた。

また、被告三井信託は、海洋建設とも手形取引があって同社の経営が思わしくないことを認識しており、破産者に対しその旨を遠回しに述べたり、海洋建設との取引を縮小するように忠告したこともあった。

(二) 同年五月二八日ころ破産者は、被告三井信託の担当者の軽森賢一(以下「軽森」という。)に、同月末に返済期限の到来する一億円の借入金(昭和六〇年一一月三〇日一億五〇〇〇万円を借り入れ、同年一二月から同六一年四月まで毎月末日一〇〇〇万円ずつ返済し、同年五月末日一億円を返済するという約定のもの)をその後も継続してほしい旨要請した。しかし、被告三井信託は右の要請に応じなかったため、破産者は他の銀行(被告安田信託と東洋信託銀行株式会社)から借入れをして約定どおり右一億円の借入債務を返済することになった。その代わり、被告三井信託は同年五月三一日破産者に対し弁済期を同年六月三〇日と定めて九〇〇〇万円の融資をしたが、右融資金は通知預金として事実上拘束されていたため、破産者は自由に引き出すことができず、資金繰りに資するところはなかった。しかも、右の九〇〇〇万円は同月一八日被告三井信託の強い要請により繰上げ弁済された。

(<書証番号略>)

(三) 右繰上げ弁済に先立つ同月三日軽森と上司に当たる井部課長(以下「井部」という。)は、破産者の本社事務所を訪ね、中村らと交渉をして、目白土地、目白建物、板橋物件及び東松山市大字新郷八八番五所在の土地建物(以下「東松山物件」という。)につき担保権設定に必要な書類を取得した。

右の交渉は午後六時ころから六、七時間の長時間に及んだのみならず、右書類を徴求するため軽森、井部ともかなり激しい言辞を用いた。

(四) 被告三井信託は、右書類を用いて同月四日蔵王物件及び板橋物件につき、同月一六日東松山物件につき、同月二七日目白土地につき、同年七月二六日目白建物につき、それぞれ根抵当権設定登記手続を行った。

(<書証番号略>)

2 右の事実によれば、被告三井信託は海洋建設の不渡りをある程度事前に予測し破産者の資金繰りを注意深く見守っていたものと推認することができ、一億円の借換継続を認めず、九〇〇〇万円を通知預金扱いにしたのは、破産者の信用状態に対する警戒心の表れとみることができる。そして、海洋建設の不渡りによる破産者の連鎖倒産の懸念が現実化してからは、できるだけ多くの破産者所有物件を担保に取ることで自己の債権を保全しようとの行動に出たものと認めるのが相当である。

これに対し、被告三井信託は、同年四月の大日産業の倒産を契機に破産者についても全面的に担保を取得するように方針を変更し、同年五月中には破産者との間で担保設定の合意を取り付け、この合意に基づいて予定どおり担保権を設定したのであるから、これは正常な商取引であると主張する。確かに、大日産業の倒産がいわゆるベンチャービジネスの先行きに不安感を与えるものであり、軽森が五月中から破産者と担保権設定の交渉を行っていたことが認められる。しかし、六月三日の交渉はかなり緊迫した雰囲気の中で行われ、翌日の午前一時ころまでかかっていることからすれば、この交渉において破産者は被告三井信託の要求した担保権設定に強く抵抗したことを推認するに難くない。証人軽森は、書類の作成と目白土地建物について被告安田信託の被担保債権額を圧縮する交渉に時間が掛かった旨供述するが、それだけのために六、七時間も掛かるとは通常考えにくく、右供述部分は採用できない。

以上のような事情のもとでは、被告三井信託が他の債権者を害すべき事実につき知らなかったとは認めることができない。よって、被告三井信託の抗弁は理由がない。

三争点2(二)について

1  証拠(別に掲げるものの外、<書証番号略>、証人軽森賢一、同中村明博)によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 被告三井信託は、昭和五九年一二月破産者との銀行取引を開始した。その後、同六〇年五月二億円を融資した際、軽森が担保権設定の交渉をしたところ、蔵王物件の話は出たが実現せず、結局その時は破産者所有の機械四台に譲渡担保権を設定したにとどまった(<書証番号略>)。

(二) 同年一一月三〇日被告三井信託は破産者に対し一億五〇〇〇万円を融資し、破産者から同日付けで蔵王物件について根抵当権設定契約証書(<書証番号略>)を徴求した。ただし、破産者がその登記手続に難色を示したため、被告三井信託の請求があり次第登記手続を行うこととし、右の時点では根抵当権設定登記は経由しなかった。その代わり被告三井信託は登記手続に必要な権利証、委任状等の交付を受け、また印鑑証明書については有効期間が切れるごとに新しいものの交付を受けることとして、いつでも登記手続をできる状態にしていた。

(<書証番号略>)

(三) 右一一月三〇日当時、主力銀行の富士銀行等一、二の銀行を除いて破産者所有の不動産に担保権を設定した銀行はなかった。また、先に破産者との取引を始めていた被告安田信託も無担保で破産者に融資をしていた(<書証番号略>)。

2  右認定の事実によれば、昭和六〇年一一月三〇日破産者と被告三井信託の間で蔵王物件につき一億五〇〇〇万円を極度額とする根抵当権設定契約が締結されたが、破産者が他の取引先銀行との関係を考慮して登記手続に難色を示したため、被告三井信託は、破産者の信用状態が悪化しない限り根抵当権設定登記手続を留保するという取扱い(いわゆる登記留保)をしていたものと認めるのが相当である。

右認定を覆し、被告三井信託が蔵王物件につき現実に根抵当権設定登記を経由した同六一年六月四日が根抵当権設定の日である旨の原告の主張事実を認めるに足りる証拠はない。

また、右認定の事実によれば、蔵王物件について、根抵当権設定契約を締結した時点では破産者に他の債権者を害する意思があったものと認めることはできないから、原告の故意否認に基づく請求は理由がなく、蔵王物件についての否認権の成否は争点2(四)の結論にかかわることになる。

四争点2(三)について

1 前示二1(三)、(四)に認定の事実によれば、破産者と被告三井信託は、昭和六一年四月二〇日ころ完成していたが所有権保存登記未了の状態にあった目白建物(<書証番号略>)について、同年六月三日ころ根抵当権設定契約を締結し、その登記手続は所有権保存登記完了後に行う旨合意したものと認められる。

2  これに対し、被告三井信託は、目白建物についての根抵当権の設定は昭和六一年五月三一日より前に合意されていた旨主張する。

しかし、前示二1(二)ないし(四)に認定の事実によれば、被告三井信託は、同年五月中の交渉で担保権設定の確定的な合意が得られなかったからこそ、九〇〇〇万円を通知預金として事実上拘束し、同年六月三日の深夜に及ぶ長時間の交渉で目白建物を含む本件各物件につき担保権設定に必要な書類を徴求することに腐心したと認めるのが自然である。この認定を覆し、被告三井信託の右主張事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

五争点2(四)について

1 原告は、蔵王物件について根抵当権設定契約が締結された時期が昭和六〇年一一月三〇日であるとしても、原因行為とは別に、同六一年六月四日経由された前示第一の一記載の根抵当権設定登記を経由する行為自体が故意否認(破産法七二条一号)の対象になる旨主張する。

2 思うに、同法七四条が対抗要件の否認について規定した趣旨は、対抗要件の充足行為も、本来は、同法七二条の一般規定によって否認の対象となり得べきものであるが、原因行為に否認の理由がない限り、できるだけ対抗要件を具備させて当事者の所期の目的を達成させることとし、一定の要件を満たす場合にのみ、特にこれを否定し得るものとしたところにあると解せられる。そうであるならば、対抗要件を充足する行為は、同法七四条の要件を満たす場合にのみ否認の対象となり、同法七二条に基づいて否認することは許されないものと解すべきである(大審院昭和六年九月一六日判決、民集一〇巻八一八頁参照)。

したがって、故意否認に基づき対抗要件の否認を求める原告の請求は理由がない。

六争点3(一)について

1  証拠(別に掲げるものの外、証人森研二、同中村明博)によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 破産者は、昭和六〇年春ころ既に同五八年に取得していた目白土地に社宅を建設することを計画し、同六〇年七月建築請負契約を締結した。右の社宅は本来会社の資産になるべきものであったが、柴田社長が社長個人の所有にしたいとの希望を出したため、急きょ方針を変え敷地と完成後の建物を破産者から柴田社長が買い取り、登記も柴田社長の個人名義に移すことになった。そこで、同六一年三月三一日柴田社長は個人名義で被告安田信託から合計一億五五〇〇万円を住宅資金として借り入れ、同日利息等を除く残金の一億五四〇〇万円を右土地建物の購入代金として破産者に支払った。右借入金の弁済は当然柴田社長個人が行う予定であり、財務担当の中村としても月々の報酬を増額すれば支払は可能であると見ていた。

(<書証番号略>)

(二) 被告安田信託は、同年三月三一日ころ右の貸付金債権を担保するため、柴田社長所有の北本市大字下石戸下字久保耕地五一六番一六所在の土地建物の外、目白土地及びその土地上に完成予定の建物(目白建物)に担保権を設定することについて破産者の了解を得た。ただし、目白土地建物についての担保権の設定は目白建物の所有権保存登記が完了した後その手続を行うこととしていた。

(<書証番号略>)

(三) 同年五月三一日の海洋建設の不渡り事故は被告安田信託にも破産者の前途への警戒心を抱かせた。しかし被告安田信託は被告三井信託と異なり、海洋建設と破産者との取引について詳細を知らず、前示の柴田社長らの粉飾した数字を基にした説明を信頼していたため、被告三井信託に早々と蔵王物件、目白土地及び板橋物件への登記、仮登記を許す結果になった。

(<書証番号略>)

(四) 被告安田信託は同年六月二七日付けで目白土地に根抵当権設定登記を経由したが、右各登記の原因証書たる契約証書(<書証番号略>)には「昭和六一年六月二四日」の日付が記入されている。さらに、被告安田信託は、同年七月二六日被告三井信託から目白土地の根抵当権の順位の譲渡を受けて、なんとか面目を保つ形をとった。

また、目白建物については、同年七月二六日受付第三一七五八号、三一七五九号の各根抵当権設定登記が経由されたが、右各登記の原因証書たる契約証書(<書証番号略>)には「昭和六一年七月二六日」の日付が記入されている。

(<書証番号略>)

2  右認定の事実によれば、被告安田信託は、被告三井信託が次々と破産者所有の物件に担保権を設定していくのを目の当たりにして焦りを覚え、目白建物の所有権保存登記完了後に担保権を設定することにしていた予定を早めて同年六月二七日に目白土地に根抵当権設定登記を経由したものと認めるのが相当である。したがって、目白土地の根抵当権設定契約締結の日は前記契約証書の日付のとおり同月二四日であると認められ、同様に、目白建物については同年七月二六日が契約締結日であると認められる。

3  これに対し、被告安田信託は、目白建物の同年七月二六日受付第三一七五八号の根抵当権設定登記の原因行為たる設定契約の日は同年一月一六日であり、目白建物の同年七月二六日受付第三一七五九号の根抵当権設定登記及び目白土地の根抵当権設定登記の原因たる設定契約の日は同年三月三一日である旨主張する。

しかし、前示四1のとおり目白建物が完成したのは同年四月二〇日ころであるから(<書証番号略>)、いまだ担保の目的たる建物が完成せず、借入金の名義も柴田社長個人になっていた同年三月三一日以前の段階で、既に目白建物につき設定者を破産者とする根抵当権設定契約が締結されていたというのは不合理である。さらに、不動産取引に通暁しているはずの信託銀行の処理に係る根抵当権設定契約証書の日付が前示のとおりであるという事実のもとにおいて、それより何か月も前に根抵当権設定契約が締結されたと認めるべき特段の事情を見いだすことはできない。したがって、被告安田信託の右主張は採用できない。

七争点3(二)について

1  証拠(<書証番号略>、証人森研二、同中村明博)によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 破産者は被告安田信託に対し、昭和六一年六月末に支払期限の到来する借入金二口合計二〇〇〇万円の債務を負っていたが、これらの返済は約定どおりに行われなかった。

(二) 被告安田信託は同年六月三〇日破産者に一億一五〇〇万円を貸し付けた。これは貸付けの形をとっているが、実質は前示六1(一)の柴田社長個人の一億五五〇〇万円の借入れのうち一億一五〇〇万円について債務者名義を破産者に変更したものにすぎなかった。すなわち、右同日柴田社長に対する右の貸付金額が破産者に対するものに振り替えられ、その金額は破産者の口座に入金後柴田社長の口座に振り替えられて同人から被告安田信託に支払われた。要するに、被告安田信託から破産者に対する実際の資金の流入はなく、柴田社長の被告安田信託に対する借入金一億一五〇〇万円が返済されただけであった。

2  右認定の事実及び前示六1に認定の事実によれば、被告安田信託は、被告三井信託が破産者所有の物件に担保権を設定していたこと、前示1(一)の二〇〇〇万円の返済が行われない見通しであったことから、破産者の将来にかなり不安を抱き、六月下旬の段階に至り自己の債権保全のため目白土地への根抵当権設定及び一億一五〇〇万円の貸付金につき債務者名義を変更するという措置に出たものと認めるのが相当である。

以上のような事情のもとでは、被告安田信託が他の債権者を害すべき事実につき知らなかったとは認めることができない。よって、被告安田信託の抗弁は理由がない。

八争点3(三)について

1 前示六1、2に認定のとおり、被告安田信託は、破産者の支払停止前三〇日である昭和六一年七月六日後の同月二六日目白建物につき同日受付第三一七五八号及び三一七五九号の各根抵当権設定登記の原因行為たる根抵当権設定契約を締結したものであるが、右の時点で破産者が被告安田信託に対し右根抵当権設定契約を締結するべき義務を負っていたことを認めるに足りる的確な証拠は存在しない。

2  被告安田信託は、同年一月一六日作成の目白土地に関する根抵当権設定契約書(<書証番号略>)第六条に根抵当物件である土地に新たに建物を築造したときは、その建物をすべて増担保として提供する旨の記載が存在することを根拠に、目白建物に関する右根抵当権設定契約は破産者の義務に属するものである旨主張する。

しかし、本件のように契約書の一般条項というべき不動文字で印刷された定型文言が存在しているというだけでは、破産者において根抵当権設定契約を締結するべき義務を負っていると認めるに十分ではないから、被告安田信託の右主張は採用できない。

3  したがって、被告安田信託の目白建物に関する各根抵当権設定契約は、いずれも危機否認の対象になる。

九争点3(四)について

1  被告安田信託は、昭和六一年六月三〇日破産者に貸し付けた一億一五〇〇万円のうち、七五〇〇万円は目白建物の工事代金として建築業者に支払われ、残りの四〇〇〇万円は破産者の資金繰りに使用されたのであるから、原告は公平上、否認と引換えに一億一五〇〇万円を被告安田信託に返還するべきであると主張する。

2  しかし、被告安田信託は原告の返還義務の法的根拠につき、公平上というだけで何ら具体的な根拠を明らかにしていないし、それだけでは根拠として不十分であるから、右主張は採用することができない。

一〇争点4(一)について

1  証拠(別に掲げるものの外、証人眞井武、同中村明博)によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 破産者は昭和六一年七月中旬ころ資金繰りに行き詰まり、取引先の三井銀行新橋支店に融資の申込みをした。同支店長の眞井は破産者にめぼしい担保物件がないため銀行として融資をすることは断ったが、その代わり破産者のスポンサーになってくれる人物として同じキリスト教会の教会員として個人的に親しい関係にある被告中瀬古を柴田社長に紹介した。

(二) 破産者は、眞井を通して被告中瀬古に当面の運転資金として三億円、取りあえずの手形決済資金として約一億円の融資の申込みをしたところ、被告中瀬古は右の申込みをいったんは断った。柴田社長は、同月三一日当日決済の手形の支払資金七〇〇〇万円の資金繰りがつきそうになかったことから、眞井に頼み込んで被告中瀬古に面会し、改めて七〇〇〇万円の融資を要請した。被告中瀬古は、結局融資に応じることにし、同日昼ころ現金六五〇〇万円と小切手五〇〇万円を眞井を通して破産者に交付した(<書証番号略>)。

(三) 眞井は、右同日部下の行員に命じて右七〇〇〇万円の金銭消費貸借契約証書(<書証番号略>)を作成させたほか、目白土地建物についての根抵当権設定契約書(<書証番号略>)、主文第六項記載の特許権、実用新案権についての根質権設定契約書(<書証番号略>)を作成させた。そして、右の各書類に基づいて登記、登録が経由された。

(<書証番号略>)

2  右認定の事実によれば、同年七月三一日破産者と被告中瀬古との間で、目白土地建物につき根抵当権設定契約が、前記特許権、実用新案権につき根質権設定契約が、それぞれ締結されたものと認めることができる。

一一争点4(二)について

1  証拠(証人眞井武、同中村明博)によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 破産者は同年七月三一日被告中瀬古から七〇〇〇万円の融資を受けたものの依然として資金繰りは苦しく、同年八月四日翌日の手形決済資金が不足していることが判明した。破産者は眞井に被告中瀬古からの融資の仲介を依頼したが、眞井は破産者がわずか五日足らずのうちに再度不渡りの危機を迎えたことに不審を抱き、部下の行員に破産者の帳簿の内容を調べさせた。その結果、破産者に約二〇億円の簿外の借入金があることが分かり、眞井は破産者の融資の申入れを断った。このため、被告中瀬古の融資は打ち切られ、これが直接の引き金となって破産者は同月五日一回目の不渡りを出した。

(二) 眞井は、破産者に対し、被告中瀬古を紹介する際、破産者の事業に興味を持っている支援者がいる旨説明した。また、眞井と被告中瀬古との間で、漠然としたものではあるが融資の見返りとして破産者が経営権の一部を被告中瀬古に譲渡する話が出たこともあった。しかし、その話が具体化する前に破産者は不渡りを出し、右計画は実現をみなかった。

2  右認定の事実及び前示一〇1(一)、(二)に認定の事実によれば、被告中瀬古は、破産者が金融機関から融資を受けられない状況にあることを認識した上、破産者の有する技術内容に魅力を感じ、ゆくゆくは破産者の経営に関与できることを期待して七〇〇〇万円の融資を行ったものと推認することができる。

これに対し、被告中瀬古は、破産者に融資をしたのはキリスト教会を通じての眞井との個人的な関係によるもので経営権譲渡のことは念頭になかった、そもそも破産者の経理の実情は知らなかったと主張し、証人眞井の供述中には右主張に沿う部分がある。

しかし、被告中瀬古は、三井銀行が融資の申込みを断ったことを知っていたのであるから、破産者が銀行等の金融機関からもはや融資を受けられない状況にあることは認識していたものというべきである。それにもかかわらず、被告中瀬古が七〇〇〇万円(場合によってはそれ以上の金額)を融資しようとし、これを実行したのには何らかの合理的な理由がなければならず、その理由としては、前示の事実関係に照らせば、破産者の経営権の外には考えにくい。証人中村の証言中には「それだけのお金を出す以上は当然経営権に話が及んでくるという覚悟はございました。」との供述部分もある。以上によれば、前記眞井の供述部分は信用することができず、被告中瀬古の主張は採用できない。

以上の事実関係のもとにおいては、被告中瀬古が他の債権者を害すべき事実につき知らなかったとは認めることができない。よって、被告中瀬古の抗弁は理由がない。

第四結論

以上の次第であるから、原告の被告三井信託に対する蔵王物件に関する請求は、原因行為の故意否認及び対抗要件の故意否認のいずれも認めることができないから理由がなく、原告の被告三井信託に対するその余の請求並びに被告安田信託及び被告中瀬古に対する請求はいずれも理由がある。

(裁判長裁判官石川善則 裁判官春日通良 裁判官和久田道雄)

別紙第一、第二目録<省略>

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